コラム

2026年6月16日
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「似た保険」は、誰が決めるのか――売り手の棚ではなく、顧客の探している棚から考える

保険業法改正の議論で頻繁に登場する言葉に、「比較可能な同種の保険契約」があります。
似た保険同士を比較し、その中から顧客に提示・推奨する。しかし、「何が似ているのか」は誰が決めるのでしょうか。

「ある保険契約が、「二以上の比較可能な同種の保険契約」に該当するかどうかは、保険募集人等が顧客の意向の把握過程において把握しようとする顧客の意向との関係で、一般人の合理的な期待を基準として、当該保険契約が「比較可能な同種」のものと言えるかについて、個別具体的かつ実質的に判断されるべきものです。 」(2015年パブコメ№74~77)

顧客の意向との関係で、一般人の合理的な期待を基準として、とはどういうことでしょうか。。

この問いを考えていると、本棚の話を思い出します。本と本の類似性は、本そのものに備わっているわけではありません。
それを見る人の側にあります。

  • ある人は歴史書と政治書を同じ棚に置く。
  • ある人は歴史書と小説を近くに置く。
  • ある人は経済学と哲学を並べる。

つまり、他人の考える類似性は、私の考える類似性とは異なるということです。

思いもしなかった出会い、運命的な出会いがあるのは、いつも書店であった。
志のある書店員がいるところは、すぐに分かる。棚の作りが、雄弁に語っている。ベストセラーを山のように積み上げて、派手な装飾の方をしている「だけ」の書店は、もはや書店の香りがしない。そういうところではなく、特設コーナーに個性があるところで本を買う。地味な本でも、古い本でも、企画棚を作る書店員の配置の妙で、新しい息吹が与えられる。
似た本を並べるAIのリコメンドではない。そこには、交通事故のような出会いがある。ノイズがある。結びつかないものが、結びついている。

他人(書店員)の頭が考える類似性は、わたしの類似性とは異なるのだから。

近藤康太郎「百冊で耕す 増補版」(株式会社CEメディアハウス 60p)

同じ本を見ていても、人によって「似ているもの」が違うのである。これは保険にも当てはまります。
例えば保険会社の商品分類では、医療保険でも、がん保険、就業不能保険、死亡保険は別の商品として整理されているとします。
しかし顧客の頭の中では、必ずしもそうなっていません。
「病気になって働けなくなったら困る」という不安を抱える人にとっては、
医療保険と就業不能保険の方が、別の医療保険よりも近い存在かもしれません。
「家族の生活を守りたい」という人にとっては、死亡保険と収入保障保険が同じ棚に並ぶでしょう。
あるいは保険ではなく、預貯金や投資信託が検討対象になることすらありえます。
保険会社の考える類似性と、顧客の考える類似性は一致しません。

そして、本(電子書籍はいったん外します)と保険には決定的な違いがあります。

本は物理的な存在であり、現実の本棚では、一冊の本は一つの棚にしか置けません。
歴史の棚に置けば、ビジネスの棚には置けません。
だから本棚とは、多数ある類似性の中から一つを選び取った結果ということになります。
しかし保険には形がありません。一つの商品が複数の棚に同時に存在できます。
たとえば、就業不能保険は、医療・疾病対策の棚、所得補償の棚、家計防衛の棚、のすべてに置くことができそうです。
収入保障保険も、死亡保障の棚、教育費対策の棚、住宅ローン対策の棚、のどこにでも存在しえるでしょう。
保険商品は、本以上に分類が難しい。

だから比較推奨販売において重要なのは、「どの商品を比較するか」ではなく、「顧客はいま、どの棚を見ているのか」なのです。

従来のいわゆるハ方式は、代理店があらかじめ推奨商品群を決め、その中から顧客に提案する仕組みです。
本棚の比喩でいえば、代理店が「おすすめ棚」を作り、その前に顧客を案内するようなものです。
しかし、このおすすめ棚は顧客のために作られているとは限りません。

そこに並んでいる本は、読者一人ひとりの関心や課題に応じて選ばれているわけではありません。
出版社の販促、話題性、在庫状況、店の方針、店主の好み、そうした売り手側の事情でできています。

 

この感覚は、比較推奨販売にも通じるものがあります。

顧客は選択しているように見えるものの、しかし、その前提となる棚そのものを売り手が作っているのであれば、本当に自由な選択とは言えないのではないでしょうか。

今回のハ方式の見直しは、「誰が棚を作るのか」という問題ともいえます。
代理店が作る棚なのか。
保険会社が作る棚なのか。
それとも顧客の意向から棚を組み立てるのか。

 

比較推奨販売の本質は、商品の比較そのものではなく、その前提となる類似性の設定にあります。
そして、ここで意向把握という営みの意味が見えてきます。顧客が見ている棚を理解する、と言うのは簡単ですが、実際には、顧客自身も自分がどの棚を見ているのか分かっていないことが少なくありません。

  • 医療への不安だと思っていたものが、実は収入減少への不安かもしれない。
  • 死亡保障の相談だと思っていたものが、実は教育費への不安かもしれない。
  • 相続対策の相談だと思っていたものが、実は家族関係への不安かもしれない。

監督指針は、比較推奨販売に関して、「顧客の適切な商品選択の機会を阻害するおそれ」を防止することを求めています。
売り手が作った棚だけを見せるのではなく、顧客自身が商品を選択する可能性を確保することを求めているのです。

募集人に求められるのは、自らのおすすめ棚へ顧客を案内することではありません。
まず、顧客がこれまでどのような棚を見てきたのかを、一緒に棚卸しすることです。
その人は何を不安に思い、何を大切にし、どのような基準で選択してきたのか。
その棚卸しを通じて、顧客自身も気づいていなかった棚が見えてくることがあります。
そして必要に応じて、新しい棚を発見し、棚を作り直していく。

募集人の役割は、作り付けの棚を押し付けることではなく、顧客が自分自身の棚を再構築する手伝いをすることなのではないでしょうか。

執筆者プロフィール

中村 譲
中村 譲
株式会社Hokanグループ 弁護士/パブリック・アフェアーズ室長
兼コンプライアンス室長

2008年慶應義塾大学法科大学院卒業、2009年弁護士登録(東京弁護士会)。都内法律事務所・損害保険会社・銀行を経て、株式会社hokanに入社。平成26年保険業法改正時には、保険会社内で改正対応業務に従事した経験を持つ。「「誠実義務」が求める保険実務におけるDXの方向性(週刊金融財政事情 2024.9.17)」、「実務担当者のための今日から始める保険業法改正対応」(保険毎日新聞 2025.5.15~7.3)等を執筆。
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