コラム
ITC Asia 2026現地レポート②;保険販売におけるエージェント型AI―重要なのはコンテキスト

ITC Asia 2026初日のCore Engineトラックでは、「販売・流通におけるエージェント型AI:何が本物で、どこに賭けるか」が議論されました。
Chairperson;Wilson Beh (Asia Fintech Alliance)
Speakers;Dr. Karan Srivastava (Standard Chartered Bank); Yannick Even (Sun Life); Julien Fey (Manulife); Bill Song (Peak3)
セッションでまず印象に残ったのは、AI活用がすでに販売現場の生産性に影響を与え始めているという点です。Bill Song氏は、中国市場での事例として、次のように語りました。
「一人の担当者が一日に20件の保険契約を販売できるようになっています。しかも、それは生命保険や健康保険です。」
――Bill Song氏(Peak3)
生命保険や健康保険は、多くの要素を勘案しなければならない保険であり、一般的に単純なクリック販売に向いた商品ではありません。
顧客の状況を理解し、保障内容を説明し、納得感をつくる必要があります。その領域でAIが顧客選定、スクリプト作成、提案タイミングの設計をすでにエージェント型AIが支援していることは、保険販売の変化の兆しが表れているといえるでしょう。
そして、このセッションの本当の焦点は、AIの性能の向上そのものよりも「コンテキスト」というキーワードです。
「AIはテクノロジーの平等性をもたらします。しかし、コンテキストの平等性をもたらすわけではありません。」
――Bill Song氏(Peak3)
この言葉は、日本の保険業界にも示唆に富むものと考えます。
保険会社は、商品、契約、引受、保全、保険金支払いのデータを持っていますが、一方で、顧客の日常、家族構成の変化、将来不安、地域性、相談時の温度感など、顧客と継続的に接している代理店の側に蓄積されています。すなわち、顧客との接点でのコンテキストを担っているのは代理店なのです。
AIは情報を整理し、提案の根拠を示し、説明の一貫性を高めることができますが、顧客が安心して相談できる関係性は、代理店や営業職員が時間をかけて築いてきたものです。
そのため、信頼の設計が重要になります。Karan氏は、AI利用の開示について次のように語りました。
「開示の部分を負担や税金のように見る必要はありません。むしろ、信頼の部分を配当のように見るべきだと思います。」
――Dr. Karan Srivastava氏(Standard Chartered)
AIをどの場面で使っているのか、人間がどこで判断しているのかを明確にすることは、顧客との信頼を強める設計になります。
これは、日本でも金融庁が示す顧客への説明やガバナンスの論点、すなわち「AIディスカッションペーパー(第1.1版)」の中にある「AIを顧客向けサービスに活用する場合」について、設計と事前検証、顧客への説明・注意喚起、検証・モニタリング、ガバナンスの4つの局面でリスク低減に向けた取組事例を整理している点とも重なります。
日本で保険販売にエージェント型AIを取り入れる場合、まず現実的なのは代理店や営業職員を支援する領域です。顧客に直接AIが提案を完結させる形よりも、代理店が顧客に向き合う場面で、AIが確認事項、提案の根拠、説明の順序、アフターフォローのタイミングを支える形が進みやすいのではないかと感じました。
保険販売におけるエージェント型AIの勝負どころは、自動化の割合よりも、顧客に近い現場の知見をどう拡張するかにあります。保険会社のデータ、代理店のコンテキスト、Human in the loop、そして顧客への説明責任。この4つをつなぐ設計が日本でも求められるのではないでしょうか。
執筆者プロフィール

兼コンプライアンス室長
2008年慶應義塾大学法科大学院卒業、2009年弁護士登録(東京弁護士会)。都内法律事務所・損害保険会社・銀行を経て、株式会社hokanに入社。平成26年保険業法改正時には、保険会社内で改正対応業務に従事した経験を持つ。「「誠実義務」が求める保険実務におけるDXの方向性(週刊金融財政事情 2024.9.17)」、「実務担当者のための今日から始める保険業法改正対応」(保険毎日新聞 2025.5.15~7.3)等を執筆。
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