コラム
ITC Asia 2026現地レポート①;アジア保険市場の成長とAI時代の成長戦略

2026年6月30日から7月2日まで、シンガポールのSands Expo & Convention Centreで、InsureTech Connect Asia、通称ITC Asia 2026が開催されました。
公式サイトでは、ITC Asiaを「Asia’s Leading Event for Insurance Growth」と位置づけ、「Connect. Partner. Scale.」をキーワードに掲げています。
https://asia.insuretechconnect.com/
ITC Asiaは、保険会社、再保険会社、保険ブローカー、代理店、インシュアテック企業、テクノロジーベンダー、投資家など、保険エコシステムに関わる多様なプレイヤーが集まる国際カンファレンスです。
*CIENでも、現地からDAY1、DAY2、DAY3の速報レポートを発信しており、DAY1ではイベント概要と会場の雰囲気、DAY2以降ではセッションやピッチ、ネットワーキングを通じて得られた一次情報を紹介しています。
今回のITC Asia 2026で特に印象的だったのは、議論の中心が「AIを導入するかどうか」から、「AIをどのように成果につなげ、ビジネスをどのようにスケールさせるか」へと明確に移っていたことです。全体を通じた横断テーマとして、コンテキストとデータ基盤、レガシー基幹、ガバナンスと信頼、human-in-the-loop、そして市場投入スピードとローカライズがあげられます。
これらのテーマに共通していたのは、保険業界の変革が、単なるテクノロジー導入では終わらないという点です。AIやデータ活用は重要ですが、それだけでは十分ではありません。顧客との信頼関係、既存チャネルとの接続、基幹システムの柔軟性、現場で使われる業務プロセス、そして組織文化まで含めて変えていく必要があります。
CEOs Unfiltered: The Strategic Moves That Unlocked Growth
Chairperson;Katrina Shanks (ANZIIF)
Speakers;Vinay Surana (Allianz Partners); Adrian Vincent (FWD Singapore); Randy Lianggara (Sun Life)
「CEOが本音で語る:成長を解き放った戦略的な打ち手」CEOs Unfiltered: The Strategic Moves That Unlocked Growthでは、FWD SingaporeのAdrian Vincent氏、Sun Life AsiaのRandy Lianggara氏、Allianz PartnersのVinay Surana氏が登壇し、アジア市場における成長の条件について議論しました。
議論の出発点となったのは、アジア全体に存在する大きな保障ギャップです。Adrian Vincent氏は、アジアのどの市場においても保障ギャップが大きいと述べ、退職後の備えや富裕層向けニーズなど、市場ごとに異なる需要にも言及しました。特に日本、香港、シンガポールのような高齢化が進む市場では、退職後の資産形成、医療保障、長期的な安心に対するニーズが高まっています。
一方で、Randy Lianggara氏は、新興市場の強みを「市場のパイそのものを広げられること」と表現しました。
成熟市場では既存シェアを奪い合う。しかし新興市場では、市場のパイそのものを大きくしているのです。
— Randy Lianggara(Sun Life)
成熟市場では既存顧客や既存シェアの中で競争する局面が多くなりますが、新興市場では、保険を初めて利用する顧客にアクセスし、市場をつくることができます。そのためには、商品だけでなく、販売網、サービス体制、銀行などとの流通エコシステムを含めた「顧客の周りのインフラ」を構築することが重要になります。
この議論は、日本市場にとっても示唆的です。日本は成熟市場ですが、高齢化、健康寿命、介護、防災、地域金融、サイバーリスクなど、保険が社会課題と接続する領域は広がっています。つまり、日本でも市場のパイを拡大するというよりも、既存の保障を再設計し、生活・地域・行政サービスの中に保険の価値をどう組み込むかが問われています。
この文脈で重要になるのが、Allianz PartnersのVinay Surana氏が語った「予防」と「エンベデッド・ソリューション」です。
つまり、私たち業界は、純粋な「事後対応」から移行する必要があるということです。前のパネルでもこの話をしましたが、本当の機会は「予防」にあります。
保険にはネガティブなイメージがあります。なぜなら、保険は単に事後対応のための解決策として見られているからです。もし私たちが予防を前面に打ち出し、それを業界の中核的な価値提案にできれば、顧客が保険を見る視点やマインドセットを変えられると思います。保険を中核的なイネーブラー、つまり可能性を広げるものとして見てもらえるようになるのです。
(中略)
簡単な例を挙げます。
もちろん、お客様の車が事故に遭えば、私たちは救援します。しかし、もし私がお客様のアプリに、朝出かける前や夜寝る前にアラートを出せるとしたらどうでしょうか。
「バッテリー残量が少なくなっています。明日9時に重要な会議があることを把握しています。朝7時にロードサイド・アシスタンスの担当者を手配して、車を点検しましょうか」
もし私たちがこれを実現できれば、お客様は決して離れていかないと思います。つまり、予防を主要な推進力として重視し、それをエンベデッドな形で提供することです。
ーVinay Surana(Allianz Partners)
保険は従来、事故や損害が起きた後に支払うものとして捉えられてきました。しかし、AI、ビッグデータ、IoTの活用によって、事故やトラブルを未然に防ぐことが現実的になりつつあります。たとえば、車のバッテリー不具合を事前に検知し、必要な支援を手配できれば、顧客にとって保険は「困ったときの支払い」ではなく、「日常を支えるサービス」になります。
もうひとつの重要な論点は、実行力です。セッションでは、戦略やテクノロジー、商品は模倣できても、一貫して成果を出し続ける実行エンジンは簡単には再現できないという指摘がありました。
戦略は再現できます。テクノロジーは買うことができます。商品はコピーできます。しかし、一貫して成果を出し続ける実行エンジンの能力は、簡単には再現できません。
— Randy Lianggara(Sun Life)これは、たとえばGrabのようなものだと思います。
Grabが勝ったのは、配車サービスを発明したからではありません。彼らが勝ったのは、ローカルにエコシステムを構築し、それをうまく実行したからです。
— Randy Lianggara(Sun Life)
これは、非常に本質的な論点です。
どれだけ優れたAIツールやデジタル施策を導入しても、それが営業現場、代理店、コールセンター、保険金支払い、パートナー企業との連携に組み込まれなければ、成果にはつながりません。
継続的な実行力こそが、この変化の大きい時代の核になる力であると改めて考えさせられます。
執筆者プロフィール

-
株式会社Hokanグループ 弁護士/パブリック・アフェアーズ室長
兼コンプライアンス室長
2008年慶應義塾大学法科大学院卒業、2009年弁護士登録(東京弁護士会)。都内法律事務所・損害保険会社・銀行を経て、株式会社hokanに入社。平成26年保険業法改正時には、保険会社内で改正対応業務に従事した経験を持つ。「「誠実義務」が求める保険実務におけるDXの方向性(週刊金融財政事情 2024.9.17)」、「実務担当者のための今日から始める保険業法改正対応」(保険毎日新聞 2025.5.15~7.3)等を執筆。
関連記事
- 2026年7月10日ITC Asia 2026現地レポート②;保険販売におけるエージェント型AI―重要なのはコンテキスト
- 2026年7月9日再保険等の活用に関する監督指針改正についてのパブリックコメントが公表されています
- 2026年7月8日ITC Asia 2026現地レポート①;アジア保険市場の成長とAI時代の成長戦略
- 2026年7月6日2026年7月3日 片山さつき大臣の記者会見を読んで
hokan®︎の資料はこちら!