コラム

2026年5月25日
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募集人への信頼と、保険商品への意向は切り分けて考える

例えば、日曜日のショッピングセンターにある保険ショップで、家族連れの顧客が保険相談に来た場面を考えます。保険募集の現場には、ショップ型代理店、専属募集人、企業向け営業などさまざまな形がありますが、顧客から次のように言われることは少なくありません。

「細かいことは分からないので、お任せします」

「あなたが入っている保険と同じものに入りたい」

このような言葉が出ると、募集人としては「任せるという意向だ」とか「私(募集人)が入っている保険という意向だ」と考えたくなるかもしれません。

しかし、比較推奨販売や意向把握の観点から見ると、慎重になるべきです。これは特定の保険会社や特定の募集形態を批判する話ではなく、どの募集現場でも共通する意向把握の問題です。

医療の場面で考えると分かりやすいかもしれません。患者が医師に「先生にお任せします」と言ったとしても、それは「どんな薬でもよい」という意味ではありません。医師を信頼しているという意味ではあっても、症状、体質、既往歴、生活状況、副作用への不安、治療で何を優先したいかを確認しなくてよい、という意味にはなりません。

また、「先生が飲んでいる薬と同じものをください」と言われても、医師自身の体質や症状に合う薬が、その患者にも合うとは限りません。保険も同じです。

結論からいえば、これらの発言は意向把握のコミュニケーションの出発点にはなりますが、それだけで「意向」とはいえない、と整理すべきです。

「意向」とは、「任せたい」という気持ちではなく、商品選択で重視する「事項」である

「お任せします」という言葉が示しているのは、「顧客が募集人を信頼していること」、あるいは「保険選びを自分だけでは判断しにくいと感じていること」です。

しかし、その言葉だけでは、顧客が何を重視しているのかは分かりません。

そもそも、保険募集における「意向」とは何か。それは、「誰に選んでもらいたいか」ではありません。

「どのリスクを、どの程度、どの条件で保険に移転したいか」という、顧客の保険ニーズ、顧客が保険で何を保障又は補償してほしいのか、そして商品選択にあたり何を重視するか、です。

現行の監督指針も、意向把握・確認の方法について、顧客が自らのライフプランや公的保険制度等を踏まえ、自らの抱えるリスクやそれに応じた保障の必要性を適切に理解しつつ、その意向に保険契約の内容が対応しているかどうかを判断したうえで保険契約を締結するよう図っているか、という考え方を示しています。

この観点から見ても、冒頭の「お任せします」「あなたと同じ保険に入りたい」という言葉だけでは、顧客が自らのライフプランや公的保険制度等を踏まえて、どのようなリスクをどの程度保険に移転したいのかを示しているとはいえません。

また、監督指針改正案の文言からも、推奨販売においては、商品特性や保険料水準など「顧客が重視する事項」を丁寧かつ明確に確認する必要があると読み取れます。

ここで重要なのは、把握すべきものが「事項」だということです。顧客の判断をゆだねたいという「態度」ではありません。

顧客のライフプランや公的保険制度等を踏まえたうえで、どのリスクに備える必要があるのか、既にどのような保障又は補償があるのか、保険で何を補う必要があるのかを確認して初めて、商品選択に使える重視事項になります。

「お任せします」は、募集人への信頼であり、判断を委ねたいという態度ですが、それだけでは、顧客は商品選択に必要な重視事項を示していません。

死亡保障や医療保障を求めているのか。損害保険であれば、どの事故や損害に対する補償を求めているのか。保障又は補償の範囲を重視するのか。保険料を抑えたいのか。保険期間や保険金額に希望があるのか。支払事由・不支払事由の分かりやすさを重視するのか。既契約との重複を避けたいのか。

これらが確認されないままでは、顧客の意向に沿った商品選別を行うことはできません。

したがって、「お任せします」と言われたときに募集人がすべきことは、商品を決めることではなく、顧客のライフプランや公的保険制度等を踏まえたうえで、何を重視するのかを確認することです。

その際には、いきなり特定の商品を示すのではなく、まず、生命保険、医療保険、がん保険、就業不能保険、自動車保険、火災保険など、保険の一般的な種類と、それぞれがどのようなリスクに対応するものかを説明することが考えられます。

そのうえで、例えば次のように確認します。

「保険料負担を抑えることを優先しますか」

「保障又は補償を広く持つことを優先しますか」

「支払事由・不支払事由の分かりやすさは重視されますか」

もちろん、一般的な保険種類の説明や確認事項の例示を口実に、営業上の理由から特定の保険契約へ誘導することは許されません。監督指針改正案も、この点を明確に警戒しています。

とはいえ、適切な説明や例示は、顧客を誘導するためではなく、顧客の曖昧な言葉を、商品選択に使える重視事項へ翻訳するために行うものです。

「あなたの入っている保険に入りたい」は「意向」か

次に、「あなたの入っている保険に入りたい」という発言です。

これは一見すると、顧客が特定の商品を希望しているようにも見えます。実際、顧客が特定の商品を明確に指定しており、その指定が顧客の意向によるものと整理できる場合には、比較推奨販売ではなく、顧客指定の商品を募集する場面として整理され得ます。

そして、一つの商品が顧客の意向のみにより指定選定された場合には、その商品で募集することとなり、比較推奨販売は行われないとの整理がこれまでにも示されています。

しかし、「あなたの入っている保険に入りたい」は、通常、募集人が加入している商品内容そのものを理解したうえでの指定ではありません。

多くの場合、「あなたを信頼している」「プロが入っているなら良い商品だろう」という、募集人個人への信頼を示す発言です。

ここで注意すべきなのは、他人の加入実績は、目の前の顧客の意向そのものではないという点です。

構造としては、「人気があるから入りたい」と近いものがあります。人気や他人の加入実績は、目の前の顧客の状況、状態、ライフプラン、公的保険制度等を踏まえた必要保障額・必要補償内容といった要素を含んでおらず、他人の評価を確認するものにすぎないため、顧客の最善の利益を勘案しているとは評価しづらいと思われます。

「募集人が入っているから」という発言も、構造としてはこれに近いといえます。

さらに、募集人単位で得意な保険会社だけを推奨するような運用は、ロ方式の推奨理由にならず、代理店や募集人都合の商品選定として許容されないと解されます。

つまり、「商品より募集人で選んでいる」という顧客心理があるとしても、それを理由に募集人都合の商品選定へ進むことはできないのです。

では、どのように扱えばよいか

募集人がその保険に入った理由は、募集人自身の年齢、家族構成、収入、既契約、健康状態、保険料負担力、リスク感覚によるものです。目の前の顧客の事情とは当然異なります。

したがって、募集人は「自分が入っている保険を顧客も希望している」と受け止めるべきではありません。むしろ、「顧客は募集人への信頼を示しているが、自分の重視事項をまだ十分に言語化していない」と捉えるべきです。

そのうえで、次のように確認する必要があります。

私が加入している保険は、私自身の状況を前提に選んだものです。お客様にとって同じ内容が適切とは限りません。

同じ保険に関心を持たれた理由は、保障又は補償の範囲でしょうか、保険料水準でしょうか、支払事由・不支払事由の分かりやすさでしょうか。それとも保険会社や商品への安心感でしょうか。

こういった確認を経て、初めて「あなたの入っている保険に入りたい」という言葉は、商品選択上の意向に近づきます。

信頼は「意向」ではありません。募集人と同じ保険に入ること自体が、顧客本位なのではありません。顧客本位とは、募集人自身の加入経緯を基準にすることではなく、目の前の顧客のライフプラン、公的保険制度等、現状の保障又は補償、そして重視事項から逆算して、最善の利益にかなう商品を検討することです。

参考

第217回国会衆議院財務金融委員会議録第21号(令7.5.14)

○中川(宏)委員 ありがとうございました。

次に、比較推奨販売ルールについてお伺いしたいと思います。

今後、乗り合い代理店は、顧客の意向を丁寧に把握をいたしまして、それに沿って保険商品を選定、推奨することが求められてまいります。これは当然の姿でありますけれども、実務面で見ますと、各保険商品の差異が僅かである場合とか、私も、ディーラーに行って例えばそこで保険に入る場合に、どれでもいいよ、お任せすると言ったこともありますけれども、そういうケースもあると販売の現場の方からも伺っております。これを、全商品を平等に説明するとなると、新たなシステム投資、また人材確保が不可欠でありまして、とりわけ中小ディーラーにおきましては過大な負担となることが懸念されるところであります。

顧客本位という理念の下であっても、画一的な対応を強いるのではなくて、顧客が任せると明言した場合には従来の柔軟な運用、これも許容すべき仕組みではないかと考えるところでございますが、中小ディーラーの対応につきましてお伺いをさせていただきたいと思います。

○伊藤政府参考人 お答えをいたします。

私どもといたしましても、代理店、特に中小の代理店の方から、商品を数時間かけて説明しなければならないんじゃないかですとか、どこまでやればいいのかといったようなお話を伺うことはございます。

今後、乗り合い代理店が特定の商品を推奨して販売する場合ですけれども、お客様の意向を丁寧に把握して、この意向に基づき、提案する商品を絞り込んだ上で、絞り込んだ商品の概要を説明するということを求めていく方針でございまして、これは、意向把握、お客様に聞く前に、取り扱う全ての商品を詳細に説明するというようなことまでも求めるものではございません。

その上で、先ほどの委員御指摘の任せるというケースでございますけれども、他方で、顧客本位の業務運営を確保する観点からは、これまでのような、単なる代理店の都合でこれがいいんじゃないですかという推奨を行うということは望ましくないというふうに考えておりまして、その商品に附帯されるサービス、アフターフォローの状況、保険料の水準、お客様が重視するものを把握して、把握した顧客のニーズに合わせて適切な商品を推奨するといった対応をしていただく必要があるというふうに考えております。

先般損害保険協会が公表したアンケートによりますと、回答者の半数以上が、保険加入時の説明、提案について、ニーズを丁寧、明確に確認して商品を提案してほしい、ないし、どちらかといえばニーズを丁寧、明確に確認して商品を提案してほしいという御回答が半数を超えているところでございます。

保険販売時における留意事項につきましては、今後、関係者と丁寧に議論を重ね、現場の実務も踏まえながら、可能な限りの明確化を図っていきたいというふうに考えております。

執筆者プロフィール

中村 譲
中村 譲
株式会社Hokanグループ 弁護士/パブリック・アフェアーズ室長
兼コンプライアンス室長

2008年慶應義塾大学法科大学院卒業、2009年弁護士登録(東京弁護士会)。都内法律事務所・損害保険会社・銀行を経て、株式会社hokanに入社。平成26年保険業法改正時には、保険会社内で改正対応業務に従事した経験を持つ。「「誠実義務」が求める保険実務におけるDXの方向性(週刊金融財政事情 2024.9.17)」、「実務担当者のための今日から始める保険業法改正対応」(保険毎日新聞 2025.5.15~7.3)等を執筆。
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