コラム

2025年2月21日
Twitter Facebook LINE

【保険業法改正の羅針盤⑥】比較推奨販売(特にいわゆるハ方式)の現在地③

4.具体的な問題事例

上記のような問題が指摘される背景として、立て続けに出された行政処分も参考になります。たとえば、1月24日、2つの兼業代理店に対して行政処分が出され、ハ方式が法の趣旨に沿った運用がなされていないことが処分理由とされました。

トヨタモビリティ東京株式会社に対する行政処分理由

  • 推奨保険会社を選定して商品を推奨する場合、顧客に対してその推奨理由の説明が義務づけられているが、保険推進室担当役員は、保険募集に係る法令等に関する知見に乏しく、店舗ごとに推奨理由を定めていない。
  • 多数の保険募集人が、推奨保険会社の商品を推奨する理由を説明していないほか、保険募集人が個々に創作した推奨理由を説明している事例が認められる。

https://lfb.mof.go.jp/kantou/kinyuu/pagekt_cnt_20250124001.html

 

株式会社グッドスピードに対する行政処分理由

  • 保険募集管理責任者は、特定の保険会社の保険商品を推奨販売するにあたり、「損害保険商品に関する推奨販売方針」を策定し、「日常のサポート体制や事務に精通している」ことを各店舗一律の推奨理由としているが、実際には「保険会社からの入庫紹介等による当社への本業支援」や「店舗の保険付保率の高低等の実績」により推奨保険会社を選定している。加えて、顧客に推奨理由を説明しなければならないことをマニュアルに明確 に規定していないほか、推奨方針・理由の説明についての実態把握も行っていない。

https://lfb.mof.go.jp/tokai/kinyuu/kinyuu/20250124.pdf

これらは、まさに今後の法改正において参照すべき事例と思われます。

 

5.いわゆるハ方式の今後

次回の保険業法改正ではハ方式は廃止される見込みです。そして、WG報告書(8p)では以下の通り整理されました。

  •  顧客の意向に沿って保険商品を絞り込む
  • 同保険商品の絞り込みに当たっては、顧客が重視する項目を丁寧かつ明確に把握した上で、意向に沿って保険商品を選別し、推奨することを求めていくべき12であり、その際の留意事項等については、今後、監督指針等において可能な限り明確化が図られる必要がある。また、こうした対応の実効性を確保するため、乗合代理店においては、顧客に対して商品を提案・推奨する基準や理由を社内規則等に定めるほか、比較推奨販売の実施状況の適切性を確認・検証し、必要に応じて改善に取り組むなど、乗合代理店の規模や業務特性に応じた体制を整備すべきである(WG報告書8p)。

「あるべき比較推奨販売はどうなるのか」については、現在も議論が継続しています。この点については、顧客ごとに最適な商品が異なるため、絶対的、一義的な正解はありません。

単純に保険商品の比較項目について考えたとしても、価格だけで比較するのか、保障内容の広さで比較するのか、保険会社の経営安定性を考慮するのか、消費者の価値観やライフスタイルにどこまで適応するのか、など、考慮すべき視点は無数にあり、標準化が困難です。

また、そもそも考慮事項を増やせばよいというものでもなく、情報量が多くなればなるほど消費者は選択に迷う可能性もありますし、反対に、完璧な情報が揃うことを待っていても、最適解にはたどり着けない可能性もあります。

このような中にあって、保険代理店、保険募集人に対して、保険という「将来の不確実なリスクに備えるもの」という性質を踏まえ、顧客が納得できるように「不確実性を受け入れながら最善の選択をする意思決定をサポートする能力」が求められます。

残された大きな論点が、顧客が「代理店に任せる」と一任する場合についての検討です。この論点について、伊藤豊金融庁監督局長のインタビュー記事があります。

──金融審の報告書にある比較推奨販売ルールの見直しについて。運用方法の詳細は監督指針で決めていく形ですが、顧客の意向がない、または「代理店に任せる」といったケースに目をつけ、その場合は特定の1社の保険商品を推奨してもよいというような、規制の抜け穴をつくろうと画策する動きが代理店側にあると聞きます。

 (保険業法施行規則で、代理店の都合で特定の1社の推奨を可能にしている)比較推奨販売におけるハ方式というのはなくす。代理店独自の事情で特定の1社だけを推奨することは、できなくする。

 そもそも顧客の意向がないなどというケースが、本当にありえるのか。保険料が高くてもサービスが充実しているほうがいいか、サービス内容はある程度落ちるが保険料が安いほうがいいかなど、ヒアリングの仕方で意向はいくらでも明確にできるはずだ。

 商品を比較する知識が顧客に薄いのであれば、どういうメルクマールがあるか顧客に提示することぐらいは、あってしかるべきではないか。

https://news.yahoo.co.jp/articles/42f022a7f647ea3fa3db4a88b4c0cd4d9828810c?page=2

 

以上の通り、顧客の意向がないという事態は基本的に想定されておらず、保険代理店が顧客にある程度のヒアリングを実施する必要があり、少なくとも、商品を比較できるだけの情報提供を行って顧客の最善の利益を追求すること、顧客の意向が一義的に明確ではないという状況下にあっても、保険募集人は顧客とともに考え続け、顧客の最善の利益を追求することが必須になると解されます。

執筆者プロフィール

中村 譲
中村 譲
株式会社hokan 法務・コンプライアンス室長/弁護士
2008年慶應義塾大学法科大学院卒業、2009年弁護士登録(東京弁護士会)。
都内法律事務所・損害保険会社・銀行を経て、株式会社hokanに入社。
平成26年保険業法改正時には、保険会社内で改正対応業務に従事した経験を持つ。
これまでに「金融機関の法務対策6000講(共著)」「ペット保険の法的課題(慶應大学保険学会)」「「誠実義務」が求める保険実務におけるDXの方向性(週刊金融財政事情2024.9.17)」を執筆し、日経新聞(2024.9.4朝刊金融経済面)にもコメントが掲載。
Twitter Facebook LINE

コラム一覧